Archive for the '泣ける' Category

俺もじいちゃんみたいな医者になろうと思う

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 4月 29th, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星47人が投票 平均: 4.89
読み込み中 ... 読み込み中 ...

21 名前: 大人になった名無しさん 投稿日: 2008/04/10(木) 22:47:27

俺の祖父は医者だった。
 

っていっても金はなく家はボロボロで
食事なんか庭の野菜とお茶漬けと患者さんからの頂き物だけ。

毎朝4時に起きて身寄りのいない体の不自由なお年寄りの家を
診察時間になるまで何件も往診して回る。

診察時間になると戻ってきて待合室に入りきらないで
外まで並んでる患者さんを診察していく。

昼休みはおにぎりを片手にまた往診。

午後の診察をこなし食事をすませてまた往診。

夜中に玄関口に患者が来たり電話があればいつでも駆けつける。
一年365日休みなど無かった。

自分の体調が悪くなっても自分を必要としている人がいるからと
病院にもいかず診療を続け無理矢理家族に病院に連れて行かれた時にはもう手遅れ。
末期がんだった。

でもどうせ治らないなら入院はしないと痛みをごまかし死ぬ間際まで往診続けてた。

遺産なんか何もなし。
残ったのはボロボロの家だけ。

聞けば治療費を支払えない人ばかりを診察・往診していて
ほとんど収入なんか無かったんだって。

でも葬式のとき驚いた。

患者だけで1000人ぐらい弔問に訪れ、中には車椅子の人や
付き添いの人に背負われながら来る人もいた。

みんな涙をボロボロ流して「先生ありがとう、ありがとう」と拝んでいた。

毎年命日には年々みんな亡くなっていくからか
数は少なくなってきてはいるけど患者さんたちが焼香に訪れる。
かつて治療費を支払えず無償で診ていた人から毎月何通も現金書留が届く。

いつも忙しくしてたから遊んだ記憶、甘えた記憶など数えるぐらいしか
ないけど今でも強烈に思い出すことがある。

それは俺が厨房のときに悪に憧れて万引きだの、恐喝だの繰り返していたとき。
万引きして店員につかまって親の連絡先を教えろと言われて親はいないと
嘘ついてどうせじいちゃんは往診でいないだろと思ってじいちゃんの連絡先を告げた。

そしたらどこをどう伝わったのか知らないけど
すぐに白衣着たじいちゃんが店に飛び込んできた。

店に着くなり床に頭をこすりつけて

「すいません、すいません。」

と土下座してた。

自慢だったじいちゃんのそんな無様な姿を見て
自分が本当に情けなくなって俺も涙流しながらいつの間にか一緒に土下座してた。

帰り道はずっと無言だった。

怒られるでも、何か聞かれるでもなくただただ無言。
逆にそれがつらかった。

家にもうすぐ着くというときふいにじいちゃんが

「おまえ酒飲んだことあるか?」

と聞いてきた。

「無い」

と言うとじいちゃんは

「よし、着いて来い」

と一言言ってスタスタ歩いていった。

着いた先はスナックみたいなところ。
そこでガンガン酒飲まされた。

普段仕事しているところしか見た事がないじいちゃんが酒飲むのを見るのも、
なによりこんなとこにいる自体なんだか不思議だった。

二人とも結構酔っ払って帰る道すがら川沿いに腰掛けて休憩してたら
じいちゃんがポツリと

「じいちゃんは仕事しか知らないからなぁ。
 おまえは悪いことも良い事もいっぱい体験できててうらやましい。

 お前は男だ。
 悪いことしたくなることもあるだろう。
 どんなに悪いことをしても良い。ただ筋の通らない悪さはするな。」

と言われてなんだか緊張の糸が切れてずっと涙が止まらなかった。

それから俺の人生が変わった気がする。

じいちゃんのような医者になるって決めて必死で勉強して
もともと頭はそんなに良くは無いから二浪したけど国立の医学部に合格した。

今年晴れて医学部を卒業しました。

じいちゃんが残してくれたボロボロの家のほかにもうひとつ残してくれたもの。

毎日首にかけていた聴診器。
あの土下座してたときも首にかかっていた聴診器。

その聴診器をやっと使えるときがきた。
さび付いてるけど俺の宝物。

俺もじいちゃんみたいな医者になろうと思う。

長文失礼しました。

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星47人が投票 平均: 4.89
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

俺の17年分の愛してる

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 4月 22nd, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星30人が投票 平均: 4.67
読み込み中 ... 読み込み中 ...

378 :名無し調教中。 2008/04/01(火) 13:34:15

お互いに親も兄弟もいなくて、21で出会って1年ですぐ結婚
初めて俺にも家族ができたって思った
愛してるなんてプロポーズ以来恐らく言ってない

あれから17年
数年前には子ども亡くしちまって 一時期、口がきけなくなってたり
何もできなくなってた嫁にキレて暴れたりした馬鹿な俺
嫁、声が出なくなるくらいのショック受けてたのにな
自分のやるせなさを嫁にぶつけちまってた
嫁が声出して笑えるようになったのは、この一年でやっとなんだ

ここ見るたび俺も言わなくちゃなって思いながら
何となくタイミング外してて言えなかった

で、昨日の嫁の誕生日
俺がメシを作る宣言して、本見ながらカレーを作ってみた
俺、料理ほとんどしたことなくてさ カレーなら作れるかって思って。
嫁は心配そうながらも、楽しみだなーって待っててくれた

できあがると嫁は「お父さんが作ってくれたんだよ 食べてね」って
ニコニコしながら仏壇に供えに言ってた
その後ろ姿に俺もう泣きそうになった
ぐっとこらえて震えながらだけど

こんなバカにずっとついてきてくれてありがとう
誕生日おめでとう
愛してるよ

やっと言えた
嫁はこっちを振りかえらず そのまま顔を手で覆って泣きだした

私も愛してるよ ありがとう
せっかく愛してるって言ってくれたのに泣いてごめんね
すぐ泣き止むから待っててね

俺そのまま後ろから抱きしめた
一時間くらい そのままでいた
その後はカレー冷めちゃったねって嫁が温めてくれて
ふたりでぐしゃぐしゃの泣き顔のままカレー食ったよ

長くなってスマン
俺の17年分の愛してるはこんな感じになった

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星30人が投票 平均: 4.67
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

もう俺の前では無理しないで下さい

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 4月 18th, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星19人が投票 平均: 4.05
読み込み中 ... 読み込み中 ...

254 名前: 恋人は名無しさん 投稿日: 2008/04/16(水) 12:29:28

実家に仕送りしてるんだけど、お金がなくて困ってた。

でも彼氏にそういうことは言いたくなくて、無理くりお金を捻出して
彼と遊んでた。たまに多めに出してもらったりするけど、基本的には割り勘で。
  
そしたら、ある日、普通の日にいきなり花束をくれた。
「ありがとう」と言ったら

「プレゼントだからね。絶対返しちゃだめだから」

って。

なんか変だな~と思ってた。
家に帰って花瓶に活けようとしたら、中に封筒が入ってて、
貯金通帳と手紙が出てきた。

「○○ちゃん、もう俺の前では無理しないで下さい。
 この通帳は、普段使ってるのじゃないほうで、
 今のところ俺は使う予定じゃないので持ってて下さい。
 何か必要なことがあったらここから使って。
 いちいち俺に言わなくてもいいからね。」

暗証番号も書いてあった。私の誕生日。
中を見たら、10日くらい前に口座作ったばかり。
こんなの受け取れるわけない、不器用すぎる優しい彼氏に泣きました。

すったもんだで通帳はお返しし、そのかわり今後は
あまり遠慮せずに彼氏に奢られる事、とルールを決められてしまいました。

「俺たちは長い長い付き合いになる。
 今ちょっと俺が○○ちゃんにしてあげる分が多くなっても
 いつかきっと俺のほうが助けてもらうことがあるんだからお互い様。
 ずっと死ぬまで一緒にいるのに、借りとか何とか言うほうがおかしいんだよ」

って言ってくれた彼氏にまた泣いた。

本当にずっとずっと一緒にいたい。
私といて幸せだってずっと思っていてほしい。
あ~もう書いててまた泣けてきた。


この人と結婚していいの?

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星19人が投票 平均: 4.05
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

カッコ悪いけど泣かない自信がない

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 4月 4th, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星17人が投票 平均: 4.59
読み込み中 ... 読み込み中 ...

419 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2008/03/27(木) 02:51:27

この春、娘が小学校に入学する。

1才の時に脳腫瘍が見つかり、医者には
前例のきわめて少ない症例なので難しいと言われていた。

2度の手術と抗癌剤治療を経て退院から4年が過ぎた。

5年前からのオレの夢がランドセルを背負ってる娘の姿を
見ることだったから、新品のランドセルを嬉しそうに背負ってる娘を見て
今から泣きそうになってる俺がいる。

入学式で父親が大泣きしてるのってやっぱり周りは引くのかな?
カッコ悪いけど泣かない自信がない。

421 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2008/03/27(木) 10:20:24
俺なら余裕で大泣き

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星17人が投票 平均: 4.59
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

実家の近所のおばさんが亡くなった

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 3月 30th, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星18人が投票 平均: 4.72
読み込み中 ... 読み込み中 ...

207 名前: 名無しの心子知らず 投稿日: 2008/03/17(月) 22:17:15

実家の近所のおばさんが亡くなった。
子供の頃、たくさんたくさんお世話になった人だ。

私の母は外国製の口紅や香水をいくつも買い、
娘の私にも洋服や学用品には贅沢してくれたけど、
おもちゃやお菓子、その他の雑多な子供の持ち物には
絶対にお金を出してくれなかった。

明日遠足なのにおやつを買うお金を貰えないのを知って
おばさんちのお煎餅やゼリーやみかんを持たせてくれたね。

洋服を汚してしまって怒られるから家に帰れないでいたのを
お風呂に入れて洋服を洗ってストーブとアイロンで
急いで乾かしてくれたのもおばさんだったね。

おばさんは旦那さんも子供もいないから、世話焼くのが嬉しいんだよ、
お母さんには内緒でいいんだよといつも笑ってくれたね。

他にも数え切れないくらいたくさん気にかけてくれてありがとう。

里帰りした時に会えて良かった。
子供の顔を見せられて本当に良かった。

葬儀の後で、旦那さんとお子さんを先に亡くされて独り身なんだと知った。
いつもにこにこしてたからそんな過去、思いもしなかったよ。

知らないで私、いっぱい甘えてたね。
甘えさせて貰うばかりで何も返せなかった。

おばさんが大好きだったよ。
おばさんが心配してくれた、母親とも和解したよ。
がんばって母親やってるよ。
自立してからはあんまり会えなかったけど、忘れたことなかったよ。
いなくなるなんて悲しいよ。

でもやっと旦那さんとお子さんに会えるのかな。
たまには私のことも思い出してね。

私、頑張るから。
たくさんたくさんありがとう。

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星18人が投票 平均: 4.72
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

私のお父さんは、お父さんだけです

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 3月 27th, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星39人が投票 平均: 4.9
読み込み中 ... 読み込み中 ...

360 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2008/03/12(水) 10:30:53

土曜日、一人娘の結婚式だったんさ。
 
当時俺25歳、嫁33歳、娘13歳。
まぁ、要するに嫁の連れ子だったんだけど。
娘も大きかったから、多少ギクシャクしながらも数年過ぎた。

子供はあえてつくらなかった。
収入の問題もあったけど、娘の気持ちを考えたら、
子供は娘1人いればいいって事になった。

突然嫁が交通事故で逝った。
娘17の時。

突然2人きりになった&現実味がなくて二人して呆然。
これからどうしようと思った。

生活の面では収入も安定してたし、娘も家事の一通りは出来た。
何の問題もないはずだったけど、嫁側親戚が騒ぎ立てた。

そらそーか。
血の繋がらない29の男と17の女。
ある意味カップルでもおかしくない歳の差だもんな。

「あなたはまだ若いんだから」とか、
「再婚するにも子供がいちゃ・・・しかも自分の子供じゃないのに・・・」
とか、散々言われた。

でも、俺は間違いなく娘は俺の娘だと思ってた。
何よりも、嫁のたった一人の忘れ形見だ。
俺が育てて行く以外の選択肢は全く頭になかった。
そんな親戚の騒ぎは右から左に流した。

娘も「今更こんな足の臭いオッサンとどーにかなるかw」と笑ってた。
当たり前の様に言う娘の気持ちが嬉しかった。

やっぱり影であらぬ噂を立てられた事もあった。
三者懇談や進路面談で学校に行くと、必ず教師に変な顔をされた。

部活で遅くなった娘を迎えに行って「お宅の生徒が円光をしている」と
近隣住民から学校に通報された事もある。

それでも2人で暮らして来た。
再婚なんか考えた事もなかった。

それくらい娘には穏やかな、幸せな時間を与えてもらってた。

361 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2008/03/12(水) 10:31:46

娘に話があると言われた。

「結婚したい人がいる。」

と。

娘は25になってた。
俺が嫁と結婚したのと同じ歳。

正直複雑な心境だった。
次の日曜に相手の男に会った。

娘を見る目が優しかった。
こいつなら大丈夫だと思った。

安心した。
諦めもついた。(笑)

あっという間に披露宴だ。

「お母さんが亡くなった時、本当にどうしようかと思った。 
 お父さんはまだ若かったから、私がいたら絶対に足枷になると思ってた。 
 だから、これからも一緒に暮らすのが当たり前みたいな態度でいてくれたのが 
 本当に本当に嬉しかった。私のお父さんは、お父さんだけです。 
 今まで本当にありがとう。 

 お母さんが亡くなってからも、今までずっと幸せな子のままでいられたのは 
 お父さんがお父さんだったからです。」
 
娘がしゃくりあげながら読む花嫁からの手紙を聞いてたら
バージンロード一緒に歩いてた時点で必死で堪えてた涙がどっと溢れた。

娘が出て行く前に、箪笥の引き出し一つ一つに
「ぱんつ」「しゃつ」「とれーなー」「くつした」とか書いた紙をはっつけていった。

そこまで俺自分で何も出来ない父親かよwww
しかも平仮名www

近いうち娘に良く似た孫とか出来ちゃうんだろうな。
そんで「俺まだじーちゃんとかいう歳じゃねーし」とか言っちゃうんだろうな。

俺、間違ってなかった。
大変だったけど、父親って立場、選んでよかった。
嫁と結婚して良かった。
娘の父親になって良かった。

1人になって部屋は何か広くなっちゃったけど。
微妙な抜け殻感は否めないけど。

今度はいつか生まれて来る孫の為に頑張ってみようかな。

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星39人が投票 平均: 4.9
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

お母さんが一番頑張った日

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 3月 25th, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星11人が投票 平均: 4.45
読み込み中 ... 読み込み中 ...

77 名前: 名無しの心子知らず 投稿日: 2008/03/16(日) 23:17:37

自分で子供を産んでから、母の気持ちや思いがよくわかったよ、ホント。
私は双子だから「アレが2倍!?」って思うと、頭が上がらないです。
  
感動する話じゃないんだけど、

去年、私は初めて娘を産んだので、
今年の私の誕生日(2月)に母に花束を送りました。

「この日、お母さんが一番頑張った日だね!ありがとう!」

というメッセージ付けて。

当日、母から電話が来て、

「何よ~?あれ~ww、思わず配達の人に
「今日は送り主が誕生日なんだけど、送り先間違ってない?」
 って言っちゃったよw」

と、言われ「迷惑だったかな~?」って一瞬思ったんだけど、
声は明るかったから、ちょっと安心。そしたら・・・

「もう、いいのに~・・・でも、ありがとうね~」

と涙ぐんだ声。

送った私までもなぜか涙ぐんでしまいました(ノ∀`) アチャー

78 名前: 77の続き 投稿日: 2008/03/16(日) 23:18:57

何日か経ったある日、母が

「あの貰った花で、ちょっとしたハプニングがあったんだけど」

と言われ、もしかしたら、片割れの姉に相談しないで単独でやったから、
姉が何か言ったのかな~?と、ドキドキしてたら、

「取引先(♂)の人がこの花束を見て、

 「最近どなたかお祝いでもあったんですか?」

 って聞くもんだから、娘が自分の誕生日に、その日はお母さんが
 一番頑張った日だからって、私に贈ってくれたんですよ~って言ったら、

「今、奥さんの顔を見たら涙が出てしまいそうだから、見れません」

 って言って、顔を上げてくれなかったんだよ~w」

とのことでした。

何だか自分がした事だけにちょっと照れくさかったけど、
温かい気持ちにもなっちゃいました。

この取引先の人も、産んでくれたお母さんに感謝してくれてるといいな。

自分語り&長分スマソ。

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星11人が投票 平均: 4.45
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

付き合って3年の彼女に唐突に振られた

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 2月 25th, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星47人が投票 平均: 4.77
読み込み中 ... 読み込み中 ...

419 名前:水先案名無い人 投稿日:04/08/24(火) 12:14

付き合って3年の彼女に唐突に振られた。

「他に好きな男が出来たんだー、じゃーねー」
就職して2年、そろそろ結婚とかも真剣に考えてたっつーのに、目の前が真っ暗になった。
俺は本当に彼女が好きだったし、勿論浮気もしたことないし、
そりゃ俺は格別イイ男って訳じゃなかったけど、
彼女の事は本当に大事にしてたつもりだった。
なのに、すっげーあっさりスッパリやられた。

どーにもこーにも収まりつかなくて、電話するも着信拒否、
家行ってもいつも留守、バイト先も辞めてた。
徹底的に避けられた。
もーショックですげー荒れた。仕事に打ち込みまくった。

それから半年、お陰で同期の中でダントツの出世頭になってた。
彼女の事も、少しずつ忘れ始めてた、そんなある日。
携帯に知らない番号から電話がかかってきた。
最初は悪戯とかだと思って無視ってたんだけど、何回もかかってくる。
仕方ないから出た。

別れた彼女の妹を名乗る女からだった。その女が俺に言った。
「お姉ちゃんに会いに来てくれませんか?」

・・・彼女は白血病にかかっていて、入院していた。
ドナーがやっと見つかったものの、状態は非常に悪く、
手術をしても助かる確立は五分五分だという。
入院したのは俺と別れた直後だった。

420 名前:水先案名無い人 投稿日:04/08/24(火) 12:16

俺は、病院へ駆けつけた。
無菌室にいる彼女をガラス越しに見た瞬間、俺は周りの目を忘れて怒鳴った。
「お前、何勝手な真似してんだよっ!俺はそんなに頼りないかよっ!!」

彼女は俺の姿を見て、しばらく呆然としていた。
どうして俺がここに居るのかわからない、という顔だった。
その姿は本当に小さくて、今にも消えてしまいそうだった。
でもすぐに、彼女はハッと我に返った顔になり、険しい顔でそっぽを向いた。
俺は、その場に泣き崩れた。堪らなかった、
この期に及んでまだ意地をはる彼女の心が。
愛しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。

その日から手術までの2週間、俺は毎日病院に通った。
けれど、彼女は変わらず頑なに俺を拒絶し続けた。
そして手術の日。俺は会社を休んで病院に居た。
俺が病院に着いた時にはもう彼女は手術室の中だった。

手術は無事成功。けれど、安心は出来なかった。
抗生物質を飲み、経過を慎重に見なくてはならないと医者が言った。
俺は手術後も毎日病院に通った。
彼女は、ゆっくりではあるけれど、回復していった。
そして彼女は、相変わらず俺の顔も見ようとしなかった。

ようやく退院出来る日が来た。
定期的に検査の為、通院しなくてはならないし、
薬は飲まなくてはならないけれど、日常生活を送れるまでに彼女は回復した。
俺は当然、彼女に会いに行った。お祝いの花束と贈り物を持って。

421 名前:水先案名無い人 投稿日:04/08/24(火) 12:17

「退院、おめでとう」
そう言って、花束を手渡した。彼女は無言で受け取ってくれた。
俺はポケットから小さい箱を取り出して中身を見せた。
俗に言う給料の3ヶ月分ってヤツ。
「これももらって欲しいんだけど。俺、本気だから」
そう言ったら、彼女は凄く驚いた顔をしてから、俯いた。
「馬鹿じゃないの」
彼女の肩が震えていた。
「うん、俺馬鹿だよ。お前がどんな思いしてたかなんて全然知らなかった。本当にごめん」
「私、これから先だってどうなるかわからないんだよ?」
「知ってる。色々これでも勉強したから。で、どうかな?俺の嫁さんになってくれる?」
彼女は顔を上げて、涙いっぱいの目で俺を見た。
「ありがとう」
俺は彼女を抱きしめて、一緒に泣いた。

ウチの親には反対されたけど、俺は彼女と結婚した。
それから2年。あまり体は強くないけれど、
気は人一倍強い嫁さんの尻に敷かれてる俺がいる。
子供もいつか授かればいいな、という感じで無理せず暢気に構えてる。

654 名前:大人の名無しさん 投稿日:04/08/02 00:16

流れぶった切りでスマン。

嫁さんのお腹に新しい命が宿ってるってわかった。
「子供は授かりものだから、無理しないでのんびり構えとこう」
とか言ってたけど、正直諦め気味だった。

まだ豆粒みたいなもんなんだろうけど、俺と嫁さんの子供が嫁さんのお腹の中にいる。

そう思っただけで、何か訳の分からない熱いものが胸の奥からこみ上げてきて、泣いた。
嫁さんも泣いてた。
実家に電話したら、結婚の時あんだけ反対してたウチの親まで泣き出した。
「良かったなぁ、良かったなぁ。神様はちゃんとおるんやなぁ」って。
嫁さんの親御さんは
「ありがとう、ありがとう」
って泣いてた。皆で泣きまくり。

嫁さんは身体があんまり丈夫じゃないから、産まれるまで色々大変だろうけど、
俺は死ぬ気で嫁さんと子供を守り抜く。
誰よりも強いお父さんになってやる。

でも、今だけはカッコ悪く泣かせて欲しい。

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星47人が投票 平均: 4.77
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

大人なんだから、ちゃんとしなきゃだめなんだよ!

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 2月 13th, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星48人が投票 平均: 4.71
読み込み中 ... 読み込み中 ...

262 名前:水先案名無い人  投稿日:04/08/15(日) 04:29

俺が結婚したのは20歳の頃だった。妻は21歳、学生結婚だった。
二年程貧乏しながら幸せに暮らしていたが、ある時妊娠が発覚。
俺は飛び上がる程嬉しくて一人ではしゃいでいた。
「無茶はしないで」という妻の言葉も無視して次の日には退学届けを提出。
叔父さんの経営している会社にコネで入れてもらった。
とにかくやる気満々で、働きまくって子供を元気に育てるんだ!ってなもんだった。
今考えても単純だったと思う。

けどそんな幸せも長くは続かなかった。
その後しばらくして、交通事故で妻がお腹の子と一緒に死んだのだ。
この辺りは本当に今でも良く思い出せない。
何やら言う医者につかみかかって殴り飛ばしてしまったこと、
妻を轢いた車の運転手の弁護士を殴り飛ばしたことはうっすら覚えている。
無茶苦茶だった。
それでも何とか葬式をすませ、手続きなんかもこなし、何日か実家で休んだ後家に戻った。

それからは日付の感覚もなく、ただ呆然としていた。
テレビも見ず、ただ、米を炊いて食う、それだけの毎日だった。
自分が鬱なのだとか、落ち込んでいるのだとか、そういう思考もなかった。
自分でも状況がよくわかっていなかったのだと思う。
何となく、カッターで指先を軽く切っては治るまで放置する、とかいう
今思うとほとんど病気のような事を繰り返していた。
突然夜中に意味もなく涙がぼろぼろ出てきたりもした。
死のうという事すら思いつかなかった。

263 名前:水先案名無い人  投稿日:04/08/15(日) 04:31

当時のことを友人や親に聞くと、様子伺いの電話などには
きちんと受け答えしていたというのだがあまり覚えていない。
おそらくそんなこんなで半年は生活していたと思う。

そんなある日、夢を見た。
どんな夢だったかはほとんど覚えていない。
とにかくひたすら謝っていたように思う。
ふと目が覚めて、「あぁ・・・何か悪夢をみたな」と身体を起こすと、
目の前の光景に心臓が止まるかと思った。

目の前に小さな女の子がちょこんと座って俺を見ていた。
「なんだこれは、夢か?まだ夢か?」
そう思いながら自分の心臓の鼓動で視線がぐらつくのを感じた。
とっさに水子の霊だと思った。
死んだ俺の子が化けて出たんだと。
その時が、はじめて自分の妻と子供が死んだとちゃんと認識した時だったように思う。
その子が、「大人なんだから、ちゃんとしなきゃだめなんだよ!」と俺を叱りつけた。
もう混乱に継ぐ混乱だ。
汗なんかダラダラ出て、心臓麻痺で死ぬんじゃないかと思った。

264 名前:水先案名無い人  投稿日:04/08/15(日) 04:33

その時、部屋のドアから大慌てで隣の部屋の奥さんが入ってきた。
「すみません!この子勝手にはいっちゃって・・・」
そこでやっと現状を把握した。
よくよく見れば、この子は隣の家の子供で、
妻がいた頃は何度も会話を交わしたことのある子だった。
ドアを開けっ放しにして寝ていた所に入ってきた実在の人間だ。
幽霊じゃない。
「ああ、違うのか」と思った瞬間、
何だか目の前の幕がはがれたような感じで、俺はその子にしがみついて号泣していた。
「すいません」と「ありがとうございます」を意味不明に連発していたと思う。

後から聞いた話では、そこの一家は引き篭もっていた俺のことを心配してくれており、
何度も夫婦で何をしてあげたらいいか、と相談していたらしい。
その相談を一人娘のその子は聞いていて、
落ち込んだ大人を励ましてやろうと活を入れにきたらしい。
すごいやつだ。

とにかく、その日がきっかけで俺はカウンセリングに通い、
二ヶ月程で何とか職場復帰することができた。
届けも出さず休んでいた俺を休職扱いにしてくれていた叔父には本当に感謝している。
隣の夫婦とも仲良くなり、寝起きの悪い旦那を起こしてくれ、とか言う無理のある理由で
毎朝家に呼ばれ、朝飯をご馳走になった。
とにかくもう俺の周りの人間が神級に良い人達だった。
俺は救われたし、妻と子供の死をちゃんと悲しむことができた。

265 名前:水先案名無い人  投稿日:04/08/15(日) 04:35

で、その娘さんが先月結婚した。(すでにその隣室の親子はマイホームを建て
引っ越していったが未だに仲良くしてもらってる。)
親戚が少ないから、とか言う理由で式にまで俺が呼ばれ、
親族紹介のあとその子と話す時間があった。
俺とその子は口が悪い感じの関係で(15も年が離れているのに)、
その日もあまりにも綺麗になったその子に動揺して
「オメーもまだ18才なのに結婚しちゃってもったいないな」
などと俺が言うと笑いながら
「寂しいのか、あんた?w」などと言いやがるので
「寂しいよ!」と言ってしまった。
「俺は昔、お前に助けてもらった。お前のお父さんとお母さんにも助けてもらった。
だからお前のこと大好きだ。だから寂しい!」
とまくし立てるとまた号泣していた。
30過ぎたおっさんがヒックヒック言いながら花嫁の前で号泣だ、かなり恥ずかしい。
気づくとその子も大泣きだ。
新郎側はびっくりしただろうな。
親以外のおっさんと新婦が大泣きしてるんだから。

俺は今でも結局独り身だが、その子が困ったら何が何でも助けてやろうと思っている。
恥ずかしいのでその子には言わないけどな。
もう俺にとってはあの子は自分の娘みたいなものなのだ。
俺の二人目の子供だ。
本当に、ありがとう、ありがとう。いつまでも幸せにな。

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星48人が投票 平均: 4.71
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

一緒に学校行くんだ!

ブックマークに追加する  カテゴリ:泣ける 2月 2nd, 2008 admin 評価:

一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星34人が投票 平均: 4.79
読み込み中 ... 読み込み中 ...

344 名前:1/2 投稿日:2008/01/31(木) 19:18:24

長いですが…

小1息子、年中息子 2児の母です。下の子には障害があり、今年は就学問題を控えています。
今年に入ってすぐ、上の子が「来年は弟くんも1年生だね~。一緒に学校行くんだ!」
とニコニコ顔で言ってきました。
下の子は言葉も殆ど話せず、身辺自立もままならない為、上の子が通う小学校の
特学に上がるのは非常に難しい状態です。
上の子の楽しみを摘み取るようで心が痛みましたが、遅かれ早かれ言わなければならない
事だと↑の現実を突き付けてしまいました。
みるみる泣き顔になる上の子。
登校時には危なくないように手を繋ぐから、休み時間の度に様子を見に行くから、
下の子が虐められないように守るから…
泣きながら一緒の学校にしてくれと頼む上の子に、私も泣きながら「ごめんね」と謝る
事しか出来ませんでした。

345 名前:2/2 投稿日:2008/01/31(木) 19:20:26

とうとう上の子は「弟くんと一緒に行くんだもん!」と言い残して部屋に篭ってしまいました。
まだ1年生の息子に下の子を気遣う発言をさせた上、深く傷付けてしまった事に酷く
自己嫌悪しました。

それから数十分後…
上の子が部屋から出てくると、真剣な顔で私の前に座って言いました。
「…本当は弟くんと一緒の学校がいいけど、もし絶対に無理だったら我慢するよ。
その代わり、弟くんが楽しく通えて、虐めの無い学校を探してね。約束してね」
こんな小さな子供が一生懸命考えて出した答えなんだ…と思うとまた泣けてきて、
2人で泣きながら指切りをしました。

夫の帰宅後、この話をしたら夫も号泣。今まで就学問題については
「よく分からないから、任せるよ」と頼りない事を言っていた夫ですが、この日を境に
一緒に考えてくれるようになりました。

お兄ちゃん、ありがとう。
お母さんは、2人が生きやすく、幸せになれるよう頑張ります。

■このネタを評価してください!
一つ星二つ星三つ星四つ星五つ星34人が投票 平均: 4.79
読み込み中 ... 読み込み中 ...
ブックマークに追加する

Next »